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上総掘り [新川周辺の城跡、史跡]

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今年もゴールデンウイークは遠出をしないで新川の側にある正覚院の辺りを歩いてみました。
正覚院は真言宗豊山派の寺で山号を池證山、寺号を鴛鴦寺と言い鴛鴦伝説で知られる寺です。

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本堂のそばには鴛鴦塚があります。

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静かな境内なのに賑やかに人の気配がしたので近寄ってみました。

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うん、これは上総堀りだよ。上総堀りは掘り抜き井戸の工法で、やぐらを組んで大きい車を仕掛け、
これに割り竹を長くつないだものを巻いておき、その先に取り付けた鉄管で掘り抜く工法で古くから
上総の国に伝えられた工法です。井戸の完成が楽しみです。

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寺の前には藤の花が咲いていました。

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新川に架かるゆらゆら橋です、鯉のぼりが風に泳いでいました。

佐倉城跡公園 [新川周辺の城跡、史跡]

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9月に入っても暑い日が続きます。何もしないでごろごろしていては体も鈍っちゃいます。
新川の堤を新川ウオーキングと称して歩いていますが、木陰の少ない堤の上はまだ歩けません。
そこで昨日は国立歴史博物館のある佐倉城跡公園を歩きました。
此処はご覧のように木陰が多くて快適なウオーキングができました。

宮崎邸 [新川周辺の城跡、史跡]

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いつも新川ウオーキングをしている新川に架かる神尾橋を渡ると印西市船尾です。
ここに安永、天明年間(1770~80)に建てられた古民家を改装してギャラリーと茶房ができたので
訪れてみました。

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訪れた日には陶芸展が開催されていて静かなたたずまいのなかでゆったりとした時間を
過ごすことができました。

正覚院にまつわるおしどり伝説 [新川周辺の城跡、史跡]

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台風の影響で時々雨が降っていますが今日は新川の畔村上橋やゆらゆら橋の側にある正覚院
を訪れました。この寺は真言宗豊山派の寺院で山号は池證山、寺号は鴛鴦寺と言います。
正覚院の建てられている所は中世の武家の屋敷跡で背後の台地に堀を切り防御してあり南に
下れば下総道(現在の国道296号線)で下市場があり交通の利便性から鎌倉時代、室町時代
の2回にかけて隆盛期を迎えています。

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由緒は保元年間(1156年~1159年)平真円というものが近くの阿蘇沼でオシドリの雄を射止めた。
その夜雌のオシドリが人間に姿を変えて真円の館を訪れ、歌を残して去って行きました。
真円は以後殺生を悔い改めて出家しこの寺を建てたと伝えられています。
この寺の参道入り口の左側の弁天様はオシドリの片羽を祀ったことから「片葉の弁天」
と云われています。そしてこのまわりの葦の葉はオシドリの死をいたんで葉が片方しか
生えないとも云われています。

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この寺にある貴重な文化財としてはこの写真の正覚院釈迦堂、木造釈迦如来立像、市内最古の
宝匡院塔などがあります。

根上神社古墳 [新川周辺の城跡、史跡]

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家から20分位歩いたところに古墳があるので行ってきました。
場所は東葉高速鉄道の村上駅近くです。この根上神社古墳は全長50m、後円部径35m、
前方部32m現存する市内最大の前方後円墳で現在は中央部を削り社殿が建てられているが
その他の部分は原形をよく留めています。
ここから東側300mの所にも古墳2基がありましたが道路建設のため現在は無くなりました。
その時の調査では一基の古墳から百六十八点のガラス製小玉、メノウ製勾玉,直刀など
多くの副葬品が出土されたそうです。又近くから古墳時代の住居跡がが百五十軒もありました。
これらから考えてみるとこの古墳は6世紀頃、この地域を支配していた印波国造の大豪族の墓
である可能性があります。

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古墳のある根上神社から新川近くに歩いて来ました、この辺は6世紀頃は湖沼地帯で稲作も
盛んだったのでしょう。稲穂もこうべを垂れて収穫が始まっています。

師戸城跡 [新川周辺の城跡、史跡]

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4月に入り暖かいので久しぶりに印旛沼畔にある師戸城跡に行きました。例年だと
今頃は家から車で行けるくらいの所にある桜の名所にはあちこちに行くのですが今年は
ガソリンが買えなくなっちやったので今年初めての桜探訪のドライブです。
実はガソリンをできるだけ使わないように買い物もリュックを背負って歩いて行ったりして
車を10日間位乗らなかったら、1昨日出かけようと思ってエンジンをかけようとしたら
かからず友人を呼んでケーブルをつないで充電しエンジンをかけることができました。
そんなことがあったので、今日はたっぷり充電できるようにドライブすることになったのです。
師戸城跡の公園に来てみると蕾は大きくなっていますが開花まではあと4~5日位です。
温もりが感じられるようになった沼面を眺めて帰ってきました。

火皇子神社 [新川周辺の城跡、史跡]

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印西市松崎の多聞院から東200mの所に火皇子神社(ひのおうじ)という名前の神社があります。
火皇子という神社はあまり無く、印西市大森に1社と県内にもう1社在るだけです。
祭神は八火具土命(やのかぐやつち?)で松崎郷の産土様です。神輿(本殿)は門外不出、本殿裏
の神木の杉は昭和23年の落雷で焼失して株と柵が残っています。



多聞院 [新川周辺の城跡、史跡]

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八千代市から新川に架かる神尾橋を渡った印西市松崎郷にある天台宗の普光山多聞院長安寺
は正応年間(1288-1293)法達の開山により創建されたと伝えられています。
明治時代には船穂尋常小学校の校舎として本堂が使われたことがあります。
本堂には佛師賢光によって造像された千葉県指定文化財の毘沙門天が祀られています。
*:この仏像には造内銘(1289)があります、賢光作の仏像は、このほか千葉県内でいくつか
見つかっており、この地域で活躍した地方佛師と思われます。

泉倉寺 [新川周辺の城跡、史跡]

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泉倉寺は千葉ニュータウン駅北側の三葉畑が点在する小倉にあり、青磁色の
重層銅板葺きの阿弥陀堂形式の本堂が美しく映えています。
天台宗、天童山倉泉寺の開創は平城天皇年間(806~9)で本埜村竜腹寺二十五坊の
一つで先蔵寺と称したと伝えられています。
堂内には仏像が三体あり、その一つの木造延命地蔵菩薩座像は県の指定文化財
で弘化4年(1847)に井伊家より寄進されています。

宝珠院観音堂 [新川周辺の城跡、史跡]

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千葉ニュータウン駅北側の小倉にある宝珠院観音堂にまいりました。
車は近くにある泉倉寺の駐車場にお止めさせていただいて人ひとり通れるような小路
を抜けた先にあり、静けさと神秘的なたたずまいに癒されます。
お堂は室町後期の禅宗様式で茅葺、梁三間、方三間、唐戸で中国唐代の様式を伝承して
建てられたお堂です。本尊の観世音菩薩がおさまる厨子の内壁には「永禄六季発亥
林鐘下旬」と墨書され、室町後期の建立とされています。
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