佐倉順天堂と江原刑場跡 [新川周辺の城跡、史跡]

山武、新川の桜 023.jpg
佐倉順天堂は天保14年(1843)に佐倉藩主堀田正睦により招かれた蘭方医佐藤泰然が開いた
蘭方医学の病院と塾です。当初は現在地の向かい側にあったそうですが、安政5年(1858)に
現在地に移されました。当初としてはかなり高度な医学を実地に学んでいました。
のちに明治時代の医学界をリードする人材が育成された由緒ある史跡です。
宮ノ台の桜 012.jpg
国道296号線を佐倉から臼井の方に行くと、右手に「南無妙法蓮華経」のお題目を刻んだ供養塔
があります。ここは佐倉城の西端にあたり、八町森と呼ばれ、佐倉藩が罪人の処刑を行った所です。
天保14年には佐倉藩医、鏑木仙庵らによって刑死者の腑分け(解剖)が行われました。
このような、解剖が行われたのは、佐倉藩では初めてのことであり、全国的に見ても早い時期
のものだそうです。
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